日々是ぶつぶつ

思いついたことを適当に

『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』を読了しました

東京国立科学博物館勤務で獣医学博士の田島さんによる初の一般向け著書です。
以前テレビで拝見して、その直後に本を出されると知って、これは買わねばと思っていた本です。

クジラがメインだけど、他の海で生きる哺乳類のことも。
田島さんがこれまで経験してきた様々なこと、それから考えられる多くのことが軽妙に、時には真面目に書かれています。

知識として「クジラも人間も同じ哺乳類」というのは知っていたけど、心のどこかで「いや魚でしょ」とか「あんな巨大な生き物が人間と同じわけないじゃん」って思っていたかもしれません。
けど長年海の哺乳類と接してきた彼女は、間違いなくクジラやイルカは人間と同じ哺乳類と言います。

この本を読んでいる間に何度となく「えぇ〜!?」「そんなバカな」と声に出しました。
例えばクジラと人間が罹る病気(乳がんや肺炎、インフルエンザですら)が共通しているとか、イルカの脳に老人斑が発見され、アルツハイマー病に罹るかもしれないというもの。

しかもクジラやイルカたちの祖先は一度は陸に上がったものの、また海に戻ったというのも驚き。
中学だか高校の時に、人間のはるか祖先は海から陸に上がったと聞いたことがあるけれど、海の哺乳類は海に残った種族ではないというわけだ。
そのため、同じ哺乳類とはいえ、海の哺乳類の特殊性はあるそうです。

そんな驚きの連続の書物、全体的には軽妙な語り口でとても読みやすいです。
そしてクジラという数十メートルの生物をメインに取り扱うこともあって、スケールがデカい。
カラー写真も掲載されていて、解剖するときはクジラの体の中に入り込んでるし、クジラの皮膚を剥がす写真ではその厚みが10センチは超えていそうということが分かります。
使う刃物も包丁とかナイフなんて甘っちょろいものではなく、「刀」と名前がつくものを使っています。

現場での苦労もたくさんあって、解剖後の血や腐敗臭の問題や宿泊地の問題など、経験した本人は大変だっただろうけど、読んでるこちらは楽しくなってしまいます。

 

しかしそんな楽しい内容だけではありません。
たくさんの海洋哺乳類を解剖してきた彼女だからこそ言える、海洋汚染のことも真面目に語られています。
とても説得力のある語り口で、且つ極端な化学物質否定論にならずにプラスチックゴミの危うさや海洋汚染について書かれています。
そしてその問題の突破口を見つけて、どうやって動物たちと共存できるのか考えて明るい未来を切り開くことも、彼女たち研究者の務めだとも。

 

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読みながら、そもそもどうしてクジラやイルカたちを解剖する必要があるのか、ということを考えてみました。
田島さんたちが解剖するのはもっぱら砂浜に打ち上がってしまって息絶えてしまった個体なのですが、野生の生物なんだからそのまま死体も海に返したらいいじゃないか、という疑問も湧き上がってきました。

その答えが、生物多様性の保護プログラムに通じるものなのかなと思います。
その個体が死んだのは何故か解明していくことで、同じ種類の動物だけでなく、哺乳類全体にも役に立っていくのかと思います。
人間と他の動物たちが共存していくためには、必要な過程なんだと思います。
だから田島さんたち研究者たちは「クジラが砂浜に!」と聞けば、現場に駆けつけていくのでしょう。

 

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