日々是ぶつぶつ

思いついたことを適当に

くせ毛の私と平安美女たちの悲哀

私はくせ毛である。
髪を洗った直後はまっすぐストレートだけど、水分が多少なりとも蒸発しただけでうねりが出てくる。
お風呂上がりに水分補給に乗じてスマホゲームなんて始めてしまうと、あれよあれよと髪の毛がうねってしまう。
それはもうメデューサの如く。
これの解決法は、手ぐしなりブラシで髪の毛をまっすぐ引っ張りながらドライヤーをする、コテを使う、またはストレートパーマや縮毛矯正をすること。

そしてここにきて寄る年波には勝てない、白髪の登場である。
白髪というだけで水分が少ないので、やっぱりうねる。
くせ毛に加えて白髪のダブルパンチ。
これが1000年も昔の平安時代鎌倉時代であったなら、帳の裏でクスクスと笑われていたに違いない。
令和に生きていてよかった。

 

平安時代の女性と言ったら何が思い浮かぶかと言ったら、長くてまっすぐな黒髪。
けどどう考えたっておかしいじゃないか。
昔の女性みんなが黒髪ストレートだったはずがない。
遺伝子変異が起こり、ストレートしかなかったのにくせ毛が生まれたなんてありはしない。
だとしたらドライヤーがない時代に髪の毛を乾かすのは容易ではなかったはず。
それとも元祖アイロンの火熨斗(ひのし)を髪の毛にも使っていたというのだろうか。
そんな大切な髪の毛が焦げてしまうようなリスクを取るだろうか。

 

絵巻物の中の平安美女たちに半分キレながら調べてみたら、やっぱりくせ毛の女性はいた。
平安時代からちょっと時代が進んだ、鎌倉時代の絵巻物『男衾三郎絵詞(おぶすまさぶろうえことば)』にくせ毛の女性の絵が出てくる。

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写『男衾三郎絵詞』(国立国会図書館所蔵) (https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2542590)

男が話しかけているくせ毛の女性が「坂東一の醜女」と名高い妻で、左下のくせ毛の赤子は2人の子どもで、これも醜女と言われている。
当時は醜い女性の代名詞のひとつがくせ毛で、今の感覚で言ったらなんとも失礼な話。
いや、ほんと失礼な話だよ。
しかも美醜によって結婚相手も変わったというから、現代に生きる私にしてみたら何とも生き辛かったのではないかと思う。

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写『男衾三郎絵詞』(国立国会図書館所蔵) (https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2542590)

 

それで、当時の女性は髪の毛の悩みに対してどうしていたかといったら、カツラをしていたという。
確かに芥川龍之介の『羅生門』で、老婆が死者の髪の毛でカツラを作ると言っていた。

 

「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、鬘(かずら)にしようと思うたのじゃ。」

 

www.aozora.gr.jp

源氏物語』でもカツラのために髪を集めている。

 

年経ぬるしるし、見せ給ふべき物なくて、わが御髪の、落ちたりけるを、とりあつめて、鬘にし給へるが、九尺余ばかりにて、いと、清らなるを

 

 現代のカツラというよりも、エクステの方が近い気もする。どうなんだろう。


ルイス・フロイスが『ヨーロッパ文化と日本文化』で戦国時代の女性の髪の毛について書いている。

 

公方の家の日本婦人たちは四つか五つつぎつぎに繋ぎ合わせた鬘をつけ、三コヴァド(※約198cm)も後の地上に曳きずって歩く

nichibun.repo.nii.ac.jp

 

ともあれ、人毛で作るカツラを買えたのはきっと貴族とかの裕福な人たちばかりでしょう。
むしろ庶民の方が、いっそ吹っ切れていたかもしれない。

 

現代だからこそくせ毛は悪ではないし、醜さの象徴ではない。
美容院にいけば「じゃあ、くせ毛活かしでスタイリングしましょう」なんてことも言ってくれる。
くせ毛を活かす方法を教えてくれるなんて、ありがたいことじゃないか。
しかしくせ毛がやっかいでめんどくさいことに変わりはない。

 

悩みの方向性は違うけれど、平安時代の女性も現代の女性もくせ毛には悩まされることに変わりはないらしい。